「早稲田大学創立125周年記念シンポジウム:角田柳作—日米の架け橋となった“Sensei”—」開催報告
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角田先生の思い出(2)010203040506
甲斐美和 元コロンビア大学図書館司書(録画)
宗像和重(早稲田大学図書館副館長):そういう様々な経験をくぐり抜けられて、甲斐さんも角田先生も戦後を迎えられるわけですが、角田先生もその間ずっとこのコロンビアで教えておられたわけですね。
甲斐美和:ええ。ですから、その頃は学生の方たちは皆兵隊に行ってしまったので若い人たちはおられませんでしたが、日本で生活された方、ですから、50代の方くらい、仕事を持ちながら何か日本の研究を続けたいという方、ご婦人も殿方もおられました。お年を召した方です。図書館はずっと開いていましたから、そういう方が図書館に、4、5人はおられました。そういう方たちは質問があれば角田先生のところにお出でになったでしょうが、そういうことでクラスはあったと思います。ただ、1人か2人程度でしたが。先生は1人であろうが100人であろうがお構いなしですから。1人でもそれこそ大きな会場で講義されている気持ちで絶えずなさっていました。参考書類も日本のものを持っていくのに山ほど積んであるものを、そしてわかってもわからなくてもとにかく資料を見せて使うなど、実際の勉強をさせられていたわけです。
宗像和重(早稲田大学図書館副館長):そういう中でド・バリー先生やキーン先生が戦争から戻ってこられてコロンビアに帰ってこられますね。そうするとやはり、大学の雰囲気が、角田先生をめぐる様子も随分変わってきましたか。
甲斐美和:ええ。もういっぺんに。まず、皆様まだ学生の身分で兵隊に入りましたから背広がないのです。そうしますと海軍の学生が多くて、ダークブルーの制服で、私はパレードを見るようで、それに見とれてしまいました。皆スラッとした姿で、姿勢もとても立派ですし、そういう方たちがボツボツと集まってこられました。どういうわけか陸軍はそうなかったのです。言葉で入っていますから、陸軍よりも海軍が強かったらしいです。陸軍も日本語使っていたでしょうが。それで、皆様がボツボツ戻ってこられて。ですから、先生もとても張り合いがあったと思います。それまでは相手がご老体の方、あるいは宣教師の流れかなにかでしたから。それで雰囲気がすっかり変わりました。ところが今、ここは割と静かですが、今の学生はバサバサしていますが、その頃は皆、海軍で訓練されたせいかどうか知りませんが、姿勢はいいし、座っていても勉強一点張りで、右も左も見ないで、という感じでした。とても真面目な雰囲気ですてきでした。

甲斐美和 元コロンビア大学図書館司書


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