早稲田大学図書館
WEB展覧会
第32回

[ Part. 2 ]

「織田信長肖像」 写本 『藝海余波』七  1冊 イ5-1646-7
現在では大河ドラマの花形で、歴史上一、二をあらそうほど有名な信長も、江戸時代には秀吉などにくらべてきわめて人気のない、影のうすいキャラクターであった。江戸時代に描かれたこの肖像もかなり陰気である。
織田信長(おだのぶなが、1534-82)

「利休宗易居士肖像」 春屋宗園賛 藤原惟友摸 東海大徹書 1軸 ヌ6-5123
堺の会合衆(えごうしゅう)の家に生まれる。武野紹鴎に茶を学び、大徳寺に参禅、信長、ついで秀吉の茶頭(さどう)となる。63歳のとき秀吉の北野大茶会を主宰、天下一の茶匠の地位を確立した。秀吉の側近として政治に深く関わり、石田三成と確執、切腹に至る。
千利休(せんのりきゅう、1522-91)

「吉川元春肖像」 摸本  1軸 ヌ6-5848
戦国時代の武将。父毛利元就の謀略により吉川氏を継ぐ。弟の小早川隆景と共に毛利氏の中国平定に尽力し、尼子氏を滅ぼす。秀吉に攻められた備中高松城を救援、本能寺の変を知らずに和睦。以後秀吉に従い、九州征伐の陣中小倉で病死する。
吉川元春(きっかわもとはる、1530-86)

「松尾芭蕉肖像」 小川破笠画  1軸 ヌ6-9219
俳聖と呼ばれる芭蕉の肖像画はいくつかあるが、この肖像を描いたのは、漆細工師小川破笠(はりつ、1663-1747)。伊勢に生まれ、のち江戸に出て芭蕉に俳諧を学んだ。生前の芭蕉を知る人の描いた貴重な伝記資料である。
松尾芭蕉(まつおばしょう、1644-94)

「貝原益軒肖像」 南岡画 成島勝雄賛  1軸 ヌ6-5824
江戸時代前期の儒者、博物学者、庶民教育家。はじめ「損軒」だったが、晩年に「益軒」とした。本草学の名著『大和本草』や、自らの経験に基づく教訓書『養生訓』、各地の紀行文など、人間愛にみちた多くの著作で知られる。
貝原益軒(かいばらえきけん、1630-1714)

「新井白石肖像」 写本   1軸 ヌ6-1509
江戸時代中期の朱子学者。6代将軍家宣の時代に幕臣として重く用いられた。幕政の改善につとめ、その治世は<正徳の治>と呼ばれたが、吉宗が将軍となると政治上の地位を失い、晩年は著述にはげんだ。
新井白石(あらいはくせき、1657-1725)

「支考肖像真蹟」 渡辺崋山画 泉市版  1枚 ヘ5-5707
江戸時代中期の俳人。美濃に生まれる。幼時に仏門に入るがのちに還俗し、元禄3年、近江で芭蕉に入門。芭蕉没後は各地への行脚を通して平俗な美濃派俳諧の確立に力を尽くした。蕉門十哲のひとり。
各務支考(かがみしこう、1665-1731)

「徂徠先生画像」 写本 石川雅望賛  1軸 ヌ6-2386
柳沢吉保に仕えた儒学者。5代将軍綱吉に認められて幕政に参与、赤穂浪士の処置に関しては切腹の意見を出した。その学風は古文辞学派と呼ばれ、家塾からは服部南郭、太宰春台らを輩出した。
荻生徂徠(おぎゅうそらい、1666-1728)

「青木昆陽肖像並墓碑拓本」 森鉱子画  1軸 文庫8-A249
飢饉対策用の食糧として甘藷(かんしょ=さつまいも)の栽培をすすめ、将軍吉宗に認められて幕府御書物奉行となった昆陽は、オランダ語を学び、蘭学興隆のもとをつくった人でもある。没後「甘藷先生」と呼ばれた。
青木昆陽(あおきこんよう、1698-1769)

「本居宣長肖像」 渡邊刀水画 本居豊頴書  1軸 ヌ6-5120
伊勢松坂の人。号は鈴屋(すずのや)。京に上って医学修行のかたわら源氏物語等を研究、賀茂真淵に師事し『古事記伝』『源氏物語玉の小櫛』などを著した。本居豊頴(もとおりとよかい)は宣長の曾孫にあたる。
本居宣長(もとおりのりなが、1730-1081)

「杉田玄白自画賛肖像」 自画賛 文化八年(1811) 1軸 ヌ6-5797
『解体新書』の翻訳で知られる蘭学者。家は代々外科医として小浜藩に仕えた。これは、80歳を前に描いた自画像で、石川大浪作の有名な肖像画と比べると、彼の飄逸な一面をうかがわせる。
杉田玄白(すぎたげんぱく、1733-1817)


★肖像画展開催!!(2002/10/18-11/29)★
展示室の様子
見学の様子

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