WEB展覧会No.36
石羊とゴルドン文庫
 

「石羊」  モ4-519 (ゴルドン文庫)
 ゴルドン文庫所収文物のひとつ。ゴルドン夫人(Gordon, Elizabeth A.)は1851年英国の名門に生まれ、多年ビクトリア女王に女官として仕えた人である。キリスト教と仏教の根本同一を確信し、その研究のため中国・朝鮮を調査し、明治末期には日本を訪れた。日頃から大隈侯を敬慕し、名誉講師として講演を行うなど縁の深かったことから、帰国の際、本学にその研究に関する蔵書・仏画・軸・物品等を寄贈された。
 石羊は李氏朝鮮時代に王陵の守護として置かれたものである。このほかに文(人)石、武(人)石、望柱石、石馬、石虎などがあり、円形の墓を外敵から守るように外向きに取り囲んでいる。
 寄贈後、はじめは大隈会館に置かれたが、大正14年の図書館新築後、教職員入口に移され、以来昭和30年の増築を経て今日まで図書館(現高田早苗記念研究図書館)を見守ってきた像である。
「鎌倉喜久恵「E.A.ゴルドン(1851−1925)」 ふみくら:早稲田大学図書館報」No.38(1992.12.5)p.2より転載
石羊(左) 高田図書館入り口から見た様子 石羊(右)

 

E.A. ゴルドン(1851-1925) 「ゴルドン文庫」旧蔵者
ゴルドン夫人写真エリザベス・アンナ・ゴルドンの名を知らぬ人は多いかも知れぬが、日比谷図書館に収められた10万余の「日英文庫」(Dulce Cor Library)の恩恵を蒙った人は多いことと思う。この文庫の創設に力を尽くした人こそゴルドン夫人である。
 E.A.ゴルドンは1851年イングランドのランカシャーに生まれた。後にスコットランドの貴族ジョン・エドワード・ゴルドンと結婚、共に名門として知られた家柄であった。ゴルドン夫人はヴィクトリア女王の女宮をつとめるなどしたが、のち、オックスフォード大学に入学、比較宗教学を学んだ。同門に日本入留学生高楠順次郎が居り、その交友が後に夫人と日本を結びつけるきっかけとなったと思われる。
 在学中にアジア宗教学に興味を抱いた夫人は1891(明治24)年、夫との世界旅行の途次日本に立ち寄った。この滞在で日本の自然と文化と国民性に魅せられ、帰国後すぐ、創立間もないジャパン・ソサエティに入会し、英国在留中の日本人に何かと援助の手をさしのベ「英国における日本の母」ど慕われるようになった。
 その後、高楠順次郎らから、日本に洋書が少ないとの嘆きを聞いた夫人は、英・米・カナダの新聞紙上で「英国の文化を日本に伝え、同時に彼我の親善を図るため、日本に洋書を贈ろう」と、図書の寄贈を呼びかけた。日露戦争による日本への関心が強まっていた時期と相侯って、たちまち10万冊に近い図書が夫人のもとに届けられた。夫人はそれを携えて1907(明治40)年再び来日し、高楠を介して東京市に公開を条件に図書の全てを委託した。束京市では、早速整理に要する経費として5375円75銭を議決してその厚志に応えた。
 これを機会に夫人は日本に在留し、そのテーマとする「仏基一元」の研究にとりかかった。それは、仏教もキリスト教も元は一つ、同根であることを実証しようとするものであった。8世紀の頃、唐の長安に建てられた「大秦景教流行中国碑」の複製を高野山に建てたのも、その研究の一環であった。研究の成果は新聞・雑誌に寄稿、著書の刊行も数冊に及んでおり、1925(大正14)年には名誉講師として本学の教壇に立ち、「比較宗教学について」「西遊記」などの講演も行なっている。
 ゴルドン夫人は大隈侯を深く敬仰していた。侯が自からの邸内に学の独立と自由を標榜して大学を設立し、その門戸を広く開いて、国籍を問わず朝鮮・中国・インドなどの留学生を受け入れ、更に1885(明治38)年には清国留学生部を設けるなど「見返りを期さない他者に対する献身」が、英国在留の人々ヘの援助を惜しまなかった自らの心情と強く共感するものがあったからであろう。その著書「"World-healers,"or,The Lotus Gospel and its Bodhisattvas」(1913刊)巻頭には、そのことを記して大隈侯への献辞としている。ゴルドン蔵書票
 研究に明け暮れる夫人に突然、第一次世界大戦に従軍中の長男戦死の悲報がおそった。夫人は急ぎ帰国するに際して、それまで日本で収集した研究資料、図書約1500冊、仏画・器物約500点を同好の士の研究に資するために、と早稲田大学に寄贈された。大隈侯敬慕の念からであり、大学はこれを「ゴルドン文庫」として記念することとした。
 帰国した夫人のその後の動静は未詳であるが、1912(大正9)年には再度来日して、京都ホテルに滞在し研究三味の日々を送っていたことはわかっており、その間に著書も数冊刊行されている。この来日の折りには夫も既になく、体も弱っていて6年間の滞在中1日も外出することなく過ごされたという。1925(大正14)年6月27日、宿痾の腎臓病が悪化、京都ホテルの一室で生涯を閉じた。74才であった。
 旧図書館の象徴として事務所入口(現高田早苗記念研究図書館入口)に立つ一対の羊の像もゴルドン夫人寄贈の文物の一つで仏基一元の一つの証しとなるものであるといわれる。当時建築中の図書館にこの像を置くことは当初からの案であったというが、夫人の没年に図書館の建築が成り、訃報を聞きながら石羊の取り付けを行なったのも、奇しき因縁と思える。
 葬儀は京都東寺で仏式によって行なわれ、墳墓は高野山、景教碑の傍らにある。

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