第1部 第1章
瓦版について 
―― 庶民メディアの源流

 新聞のない時代、天変地異や市井の出来事を伝えるメディアが瓦版や見立番付に代表される一枚摺の類であった。その全部を、必ずしも新しい出来事の報道という範疇でとらえられないが、身近で手取り早い情報源であった。実用に供される内容もあれば、最初から洒落やナンセンスと判るものもある。送り手と受け手は、その辺にかならずしもこだわっていないと思われる。
大阪安部之合戦之図
大阪安部之合戦之図
大阪安部之合戦之図
大阪安部之合戦之図

瓦版について

 鬧(さわ)がしや心中おこす土版木
 この句が元禄10年刊の『俳諧塗笠』にあり、心中事件をやたら報道する土版木(瓦版)があると伝えている。しかし実際に瓦版という言葉が文献に登場するのは、幕末に近くなってからだという。古くは大阪夏の陣の報道、近くは明治中期まで、新聞にとって替わられてしまうまで様々形態を変えつつも庶民の身近なメディアとして存在したのが瓦版であったとされる。実際に土を固めた版を用いた摺りものもあるが、この種の摺りもののほとんどは木版によるものであった。しかし、浮世絵や書物の版木のように精緻なものでなく、一見粘土板を用いたと思われるような粗悪なものであることが瓦版と称される摺りものに共通していることといえよう。
 江戸期に庶民の間に流行した一枚摺の類に見立番付がある。これは芝居や相撲の番付、役付に擬して山や川、神社仏閣などの名称旧蹟、学者・医師・芸妓等の人物、銘木・珍獣などの動植物に至るまで、ありとあらゆるものを位付け、芝居の役にあてこんだものである。
 本来これらの番付は、一枚ずつ売り捌かれたものであったが、幕末近くにまとめられ冊子に仕立て販売されたものがあらわれてくる。『江戸自慢』『浪花みやげ』などと標題されたものがそれである。その中には必ずしも見立番付の体裁をなしていないものもあるが、その序跋を見ると、それらも含めて番付と呼んでいたことがわかる。また往時の好事家の集めた張込帖もあり、娯楽的な読みものともされていたようである。
 瓦版の方はというと、板行形態が種々様々であったせいか、そのような形で伝わるものは少ない。西垣文庫中に『江戸大地震記事』と題された巻子があり、これには二六枚の安政地震関係の瓦版・鯰絵が張込まれている。また安政地震関係の同種のもので刊行された『安政見聞誌』は、瓦版等の再録物として珍しい出版物である。
 瓦版や番付等の一枚摺の仲間は、一時的な情報あるいは娯楽として読み捨て使い捨てにされたもので、書物とは別のあり方のメディアであった。書物については、書物屋仲間あるいは書林仲間が出版物の記録を残しているが、一枚摺の類はその範疇に入らず、出版の形態が解明されていない部分が多い。
 板行は、草双紙・壱枚絵を扱う草双紙屋がおこなったのであろうが、どのくらいの数が作られたか、その値段はいくらだったのか、どういうルートで販売されたのか等々がまだまだわかっていない。
 瓦版・番付その他ここにみられるような一枚摺の出版物は、江戸の社会、世相をある意味では直截に物語っている資料群であるが、もともと伝存しにくいものである。近年いくつかのコレクションが複製や影印で刊行、展覧会の開催などがおこなわれたりして、研究・調査に便利になっている。しかしまだまだその全容がわかるという所まではいっていない。その他の一枚摺も含めさらなる発掘がおこなわれることが期待される。
大阪卯年図
大阪卯年図
大塩平八郎市中施行引札
大塩平八郎
市中施行引札
安政三辰八月廿五日大風雨出水損場所之図
安政三辰八月廿五日
大風雨出水損場所之図
大和屋吉次郎召仕竹次郎褒美頂戴
大和屋吉次郎召仕
竹次郎褒美頂戴
新版名古屋廓六発しん中
新版名古屋廓六発しん中
浮世馬鹿あほうの番附
浮世馬鹿あほうの番附
古今貞女美人鑑
古今貞女美人鑑
三ヶ津大相撲古今関取大男集
三ヶ津大相撲古今関取大男集

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