ふみくら:早稲田大学図書館報No,09(1986.10.15)p.6-7

近代詩歌早稲田4人展 生誕100年
―革新期のパイオニアたち―

紹介
準備委員会

 図書館はこの秋、明治37年4月、本学高等予科に入学した同級生で、のち日本の近代詩歌史上に 革新的な業績を残した4人の詩・歌人の展覧会を開催する。北原白秋、若山牧水、土岐善麿(以上明治18年生)に服部嘉香(明治19年生)で、ともに本・明年は生誕100年の記念の年である。
 白秋は入学の翌年、「早稲田学報」の懸賞募集に応じ、美文詩「全都覚醒の賦」が入選するが「明星」「スバル」と外に向かって才能を開かせてゆき、卒業はしていない。4人は在学中も、その後もさまざまな交流をする。文学上の論争を戦わせたり、同じ雑誌にて結集したり、またそれぞれの雑誌を主宰したりする。
 また、この4人の同期生に、後年さまざまな分野で活動する人々が、とりわけ多いことも特筆されてよいだろう。加藤介春、佐藤緑葉、藤田紀水、中林蘇水、三沢豊、仲田勝之助、福田夕咲、安成貞雄、原田譲二、原田実、橘静二、美土路昌一、北ヤ吉(北一輝の弟)らである。下級生に三木露風、人見東明、上級生に片上伸、相馬御風、中村星湖、小川未明、水野葉舟、窪田空穂らがいた。このような学生群に対して、教授陣は、坪内逍遙、島村抱月、五十嵐力、内ヶ崎作三郎らが教壇にたっていた。また東大教授の席を夏目瀬石に譲ったラフ力ディオ・ハーンが本学講師として着任し、9月狭心症で死去するのもこの明治37年、4人が入字した年であり、2月に日露戦争がばじまった年でもあった。
 今回の展覧会は、4人の在学した明治41年までを第1期とし、善麿が親しがった石川啄木の死の明治45年までを第2期とし、啄木の死をみとった牧水の昭和3年の死までを第3期、戦局厳しい昭和17年、国民詩人と書由われて逝く白秋の死までを第4期として、その後も詩歌人・国語国文学者として活躍して行く嘉香・善麿の業績をふまえ、時の流れに沿った展示にしたい考えである。
 出品は、在学当時の学園の状況を写真パネルなどで紹介し、4人を中心とした文学的交流や師弟の影響関係を、級友会合写真、同人雑誌、中央詩歌壇誌で示すとともに、処女歌集・詩集に代表著作、自筆原稿や,書幅どで4人の旧時代に対する革新の道のりを跡づけたい。そしてそのことにより本学が近代日本文芸・文化のよき揺籃の地であったことを物語ることができれぱ幸いである。

 資料の調査・収集にあたって御遺族をはじめ関係各位の御協力をいただいていることに深く感謝申しあげる。

以下に師弟・交友関係写真を掲げて参考に供する。

       展覧会開催日

            1.11月10日(月)−   15日(土) 日本橋丸善

            2.11月27日(木)−12月2日(火) 名古屋丸善

島村 抱月を囲んだ写真
島村抱月を囲んで(明治41年5月)
 明治38年9月、欧州留学留学を終え帰国した抱月は、英文学史、美学、文学概論を講じた。英文科の先生が、卒業を控え撮影したもの。
 前列左から、若山牧水、福永晩歌、抱月、二男秋人、土史岐哀果(善麿)、三沢霜月、服部嘉香、後列左より須藤栄吉、佐藤緑葉、仲田勝之助、加藤介春(寿太郎)、安成貞雄、原田譲二。
 服部嘉香の日記に「十二時の時間に島村抱月氏のお宅で写真を撮った。貞雄、哀果、緑葉、挽歌、くちなし其他凡で十二人」とある。”くちなし”は誰か不祥。


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Archived Web,December 7, 1999