ふみくら:早稲田大学図書館報No.63(1999.12.15)p4-6

岡松家旧蔵図書・文書資料について


浅古 弘(法学部教授)

 岡松参太郎の令孫浩太郎・雄次郎・壮三郎・藤本衣子四氏のご好意により、岡松甕谷・参太郎二 代畢生の研究に係わる旧蔵図書(約7000 冊)および文書資料(約15 m )を、早稲田大学図書館にご寄贈いただいた。
 岡松家では、これらの図書と文書資料の存在を公にすることなく今日に至ったが、自宅書庫が老 朽化したことから、公的機関に寄贈し、広く研究者に公開したいと考えられ、国立国会図書館に相 談された。国会図書館への寄贈には寄贈資料の目録が必要であり、国会図書館の春山明哲氏(当時 収集部収集企画室長)から、この目録作成などの相談を筆者は受けたが、書庫解体までの数ヶ月で 目録を作成することはほとんど不可能と思われた。そこで、解体の時期も迫っていること、岡松参太郎が東京専門学校(現・早稲田大学)講師として証拠法を講じたご縁もあること、岡松邸が大学から直近で運送の費用も手間もそれほど掛からないことなどから、代わって早稲田大学図書館でお引き受けすることができないかと考えた。春山氏のご紹介で、浦川道太郎図書館長と一緒に文京区目白台の岡松家をお訪ねし、ご意向をお伺いしたところ、幸いにもご快諾がいただけ、早稲田大学図書館への寄贈が実現した次第である。この間、春山明哲氏には岡松家との仲介の労をお取りいただくなど、大変なご尽力をいただいた。
図書と文書資料は、引越用段ボール箱(278 箱)に詰められ、3 月10 日、無事、図書館へ搬入された。図書は「岡松文庫」(仮称)として目録を作成し、文書資料は「岡松関係文書」(仮称)として整理し、公開する方針である。現在は、まだ本格的な整理、目録作成に向けての準備の段階であるが、「岡松関係文書」分の燻蒸・粗仕分けを終えたこともあり、「岡松関係文書」を中心に、その概要だけでも、甕谷・参太郎の経歴とともに、紹介してお こうと考えた。
岡松家書庫にて

(1)岡松甕谷 おかまつ・ようこく
 甕谷は、文政3(1820)年、豊後高田に生まれた。名は辰。幕末・明治を代表する儒学者の一人である。帆足万里に学び、西人窮理の学を究め、熊本藩に仕えた。維新後は昌平黌教授・大学少博士となり、国史編輯などにも携わったといわれる。官を辞して延岡・熊本などで教授したのち、明治9(1876)年、東京に私学紹成書院を創め子弟の教育に尽くした。経術に深く、かつ蘭英二カ国語に通じた。のちに東京大学文学部教授となり、明治28(1895)年、75 歳で没した。著に、「初学文範」・「荘子考」・「楚辞考」・「承久記略」・「在府中覇窓漫興」・「窮理解環」・「東瀛紀事本末」・「訳文彙編」・「西客問答」・「紹成講義」・「漢訳常山紀談」などが ある。「甕谷遺稿」は甕谷の三男参太郎と四男匡四郎の編輯になる。なお一般には、「おうこく」と呼び習わされているが、ここではご遺族の「ようこく」という呼び方に従った。
 「甕谷文庫」と題する甕谷旧蔵の漢籍和本目録が「岡松関係文書」に含まれていた。漢籍和本の整理の際には、この「甕谷文庫」の漢籍和本目録との照合が大切になるが、参太郎宛の書籍借用証のなかに、参太郎所蔵の洋書や法律書に混じって、甕谷の著作や甕谷旧蔵と思われる漢籍の借用証も多くあり、甕谷が貴重な漢籍を所蔵していたことを伺わせる。このほか甕谷関係では、紹成書院関係の記録が見つかっている。傷みが激しいので修復をしなければならないが、これによって甕谷が創立した紹成書院に関する研究が進むものと思われる。「甕谷遺稿」の原稿も残っており、遺稿研究の基礎的資料となるものと思われる。

(2)岡松参太郎 おかまつ・さんたろう  参太郎は、明治4(1871)年、甕谷の三男として熊本に生まれ、東京府立一中・一高を経て、27 年 東京帝国大学法科大学英法科を卒業。同年9 月よりドイツ留学に出発まで、東京専門学校法律学科 で証拠法を講じ、翌年度からは東京法学院(現・中央大学)などの私立法律学校でも民法を教授し た。その傍ら、修正なったばかりの民法典前三編につき、「註釈民法理由」3 巻を執筆し、富井政章から高い評価を得た。29 年、井上密・織田萬・高根義人とともに新設予定の京都帝国大学法科大学の教授候補として、民法・国際私法研究のためドイツに留学、欧州滞在中に、ベルギー・フランス・イタリアにも赴く。32 年8 月帰朝、9 月京都帝国大学教授に任ぜらる。同月東京専門学校で「独逸に於ける法律教育」を講演。臨時台湾土地調査局嘱託として33 年に台湾に赴き、「台湾旧慣制度調査一班」をまとめる。34 年法学博士の学位を受け、同年在官のまま、臨時台湾旧慣調査会委員となり、第1 部長(法制担当)として実地調査報告書「台湾私法」13 冊をまとめ、また後藤新平のもとで台湾総督府の政策立案にも深く関与する。34年法律取調委員会委員を仰せつけられる。40 年南満洲鉄道会社理事に就任、41 年帝国学士院会員となる。42 年臨時台湾旧慣調査会第3 部長となり、旧慣に基づく法案の起草と審議を主導、大正2(1913)年満鉄理事並びに京都帝国大学教授を辞す。6 年拓殖調査委員会委員となり、8 年中央大学教授。ベルギーでの万国学士院連合大会から帰国後、病に臥し、10 年、51 歳で没す。代表的な著作として、「法律行為論」・「無過失損害賠償責任論」・「台湾番族慣習調査」などがある。「岡松文庫」も「岡松関係文書」も、参太郎に関係する図書と文書資料が圧倒的に多い。参太郎の書斎・書庫が、タイムカプセルの蓋を開けたときのように、そっくりそのまま残っていた観がある。留学時の領収書やオート バイのカタログから法案の起草原稿や政策立案の下書きまで、実に様々なものが残っている。実は弟匡四郎も膨大な図書と文書資料を残し、現在、國學院大学が所蔵している(「井上匡四郎文庫目録」・「井上匡四郎文書目録」)。参太郎・匡四郎兄弟に限らず、文書資料を残すのは熊本藩関係者の性癖でもあるという。参太郎は書庫を整理し、「書庫要録」を作成してくれており、今後の整理作業の助となる。
 参太郎関係の文書資料を、次のような分類で粗仕分けをしてみた。この粗仕分けの作業中に目に 止まった資料若干を合わせて紹介しておきたい。

@書簡類:織田萬や穂積陳重など同時代の法律学者、台湾旧慣調査会・満鉄関係者の書簡が多いことは勿論、岡田朝太郎(中国の民法典草案修正の依頼)書簡など歴史研究にとって重要な書簡も多いようだ。

A留学関係の記録群:文部省人事通知書、学資給付通知書、「文部省外国留学生心得」、講義ノートやder Koniglichen Friedrich- Wilhelms-Universitat の成績通知書、領収書など参太郎のドイツでの生活や学業研究の様子を知るに十分な資料が残っている。これらの資料は、参太郎 研究ばかりでなく、法律学・教育史・社会史・技術史などの資料としても貴重なものが多い。

B法律取調委員会関係の記録群:「民法施行法理由書」、「民法修正案理由書物権」、「船舶所有者ノ責任ニ関スル条約草案」、明治44 年商法改正・大正3 年戸籍法改正に関する一件書類、「刑事略式手続法案」、「刑事略式処分法」などの草案類の他に、委員会関係の人事通知書なども残っている。


岡松参太郎博士(岡松浩太郎氏提供)









法律取調委員会委員
C台湾関係の記録群:「事業計画書類(明治33 年7 月舊慣調査事項概略など)」、「法律第63 号ニ関スル意見書」、「台湾統治法」、「台湾制制定ニ関スル件」、「台湾ノ制度ニ関スル意見書(明治35年夏児玉総督ノ疑問ニ依ル)」など政策にかかわる記録、「機密人事組織書類」、各年度の「往復書類」や「予算書類」など旧慣調査会の組織・運営に関する記録、「台湾民事令案」、「台湾人事令案」、「台湾親族相続令草案」、「胎権令草案理由」などの立法関係の記録など、一番まとまって残っている記録群である。

D満鉄関係の記録群:「意見書原稿」、「満鉄意見書原稿二」、「南満鉄道会社ノ性質」、「事業計画ノ大要」、「事業計画説明書」、「対露人物養成所設立ニ関スル意見書」、「満洲ニ対スル日本ノ見地」など、南満洲鉄道株式会社創立期の政策立案に関する貴重な資料が多いようだ。E原稿:「小論文翻訳綴(日本海陸保険株式会社ヲ解散スヘキヲ論ス・鉄道抵当法要領・婚姻ノ予約・エンデマン氏法錯誤論・日露戦争ト法律問題など)」、未公刊の原稿を綴った「論文(法律権利及法律組織・寄附・有価証券・受取・法学研究法・取引所仲買人ニ就テ・小切手・刑ノ執行猶予法・現行刑法ノ下ニ於ケル執行停止ト執行猶予法・再犯論・刑法改正案ノ欠点ノ一二)」、「法律行為論原稿」、「相殺論稿」、「利息論稿」、「契約解除ニ関スル一疑問」、「債権ノ積極的侵害」などの他、紹成書院用箋を用いた膨大な量の原稿が残されている。

Fノート:ドイツ留学時代のドイツ語で筆記された講義ノートが数多く残されている。また、研究のためのカード類も多い。

G講義筆記(参太郎講述):「債権総則第2 巻」、「抵当論」3 冊などがある。

H大学・学士院関係の記録群:「演習科材料」、「民法問題 試験問題」など、講義演習に関係する資料が残っており、当時の民法の講義や試験の様子を窺うことができ、興味深い。「京都大学ニ関スル意見」(東亜経済調査局)、「東京帝国大学ニ於ケル経済学教授法改良意見」、奥田義人著「大学制度管見」など大学改革関係の資料もある。「法学博士候補者推薦理由書写綴」には、末広厳太郎や安部磯雄らの推薦理由書が綴られている。「帝国学士院授賞要旨綴」には、寺田寅彦や佐々木信綱らの名前も見える。

Iその他:「拓殖調査委員会会議案」、「大調査機関設立ノ議」(大正9 年1 月後藤男爵ノ依頼ニ依ル)、これにより後藤新平著「大調査機関設立ノ議」が参太郎によって執筆されたものであることがわかる。「大東亜経済調査局発展ノ議」などは植民地経営に関する記録群でもある。時局批判を展開している「政友会罰状」などもある。

 「岡松文庫目録」と「岡松関係文書目録」を作成し、一日も早く公開して、ご寄贈いただいた図書と文書資料を、学界共有の財産とすることが、我々に課された責務であり、この貴重な図書と文書資料をご寄贈くださった岡松家の皆様のご希望に沿うことにもなる。公開のための本格的な整理をするために、「岡松関係文書研究会」を組織して、この事業に取り組んで行こうと考えている。
 これまでの保存環境が図書や文書資料を保存するのに最適の環境では必ずしもなかったので、傷みの激しいものもあり、文書資料はマイクロ・フィルムなどに媒体変換をして公開することも考えなければならないだろう。

〔参考文献〕春山明哲「法学博士・岡松参太郎と台湾−「台湾ノ制度ニ関スル意見書」改題−」 (「台湾近現代史研究」6 号、1988 年)、和仁陽「岡松参太郎−法比較と学理との未完の綜合−」(「法学教室」183 号、1995 年)



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First drafted December 21, 1999