ふみくら:早稲田大学図書館報No.55(1996.11.28) p.2

入江啓四郎先生(1903-1978)のこと


島田征夫(本学法学部教授)

入江啓四郎 入江先生は国際法の碩学であり、また本と山と酒と奥さまをこよなく愛された明治の人であった。先生は、明治36年に鳥取県春日村で呱々の声をあげられ、上海で小学生時代を過ごされた後、早大法学部に入学、卒業後同盟通信社の支局長として、ジュネーブ、パリに滞在、当時のヨーロッパの政治的、社会的激変をつぶさに見聞され、3巻からなる大著『ヴェルサイユ体制の崩壊』(1943-44)を上梓され、ジャーナリストとしてだけでなく、研究者としても高く評価された。
 戦後、請われて大学に籍をおくことになり、愛知大学、成蹊大学、早稲田大学、創価大学などで教鞭をとられたが、国際法は言うに及ばず、外交史、国際政治などの分野でも幅広く活躍され、多くの名著を残された。
 先生の研究方法は、国家実行を基礎におく周到な実証的分析を特徴とするものであった。先生の著作のほんの一部を紹介すると、先の著書のほか、中国古典への造詣の深さと巧みな文章とで他の追随を許さぬ名著『中国古典と国際法』、事例を中心に教科書として書かれ、類書のない『国際法解義』などがある。その後先生の関心は国際経済法の分野にも広がり、『国際経済紛争の争訟処理』『国際法上の賠償補償処理』など数々の名作が生まれた。ある出版者の社長さんが先生の研究熱心さに感激して、出版社が潰れるか先生の著作集が途切れるかの競争をし、毎年除夜の鐘を聞きながら、今年も引き分けだったと1年間を振り返りながら美味しい酒を酌み交わされていた――そんな話を今懐かしく思い出す。
 先生は若い頃一時体調を崩されたがその後強靱な体力を回復され、毎朝2時間の強歩と毎日曜日の奥様同伴の高尾山登山は習慣となり、私も何度かご一緒させて頂いたが、その速さにはいつも参ったものだ。先生は高尾山で沢山の羊歯を集められ、広い庭で栽培されていた。先生宅を訪れた学生に、「先生はいらっしゃいますか」と尋ねられた時には、決まって「いないよ」と答えるんだと楽しそうに話しておられた。
 先生は、いわば図書館の主で、授業のない時には必ず図書館に入られた。早大の先生はこんな良い図書館があって幸せだね、が口癖だった。 現在、先生の蔵書は「入江文庫」として早大中央図書館に収蔵され、皆さんの訪問を待っている。教員も学生も、先生の御研究の一端にふれようと思えば、入江文庫を訪ねられるとよい。先生が、ニコニコ笑いながら、迎えて下さるのを感じるはずだ。
 最後になったが、先生の愛妻家の一面は、次の歌をもって代えさせて頂く。
 「むすめわが姿なりとの声のこし
         静かに逝きし妻の心よ」


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