ふみくら:早稲田大学図書館報No.45(1994.4.1) p.8-9

新収資料紹介19

L'Assiette au Beurre. Annees 1−12.
No.l−594.Paris,Les Publications
Modernes.1901−1912 雑誌「バター皿」

松下眞也(雑誌担当課長)
森谷博志(同 上)

 L'Assiette au Beurre(バター皿)とは日本語の≪うまい汁≫にあたるフランス語の俗語で、政治的な利権、利益を伴う権力を意味する。この言葉をタイトルにした本誌は、20世紀初頭の1901年から第一次世界大戦前夜の1912年まで、パリにおいて刊行された週刊誌で、国際政治、国内政治、戦争、宗教、社会風俗などをテーマに、鋭い風刺にみちた石版画のイラストで誌面を構成している。
 当時はベル・エポックと呼ばれる都市文明の爛熟時代であるとともに、フランスが海外の植民地を増やして、いわゆる帝国主義的段階に至った時期でもあり、社会各層のさまざまな矛盾が、もはや弥縫しきれぬほどに大きく露呈した時代でもあった。
 世紀末からベル・エポックにかけ、ヨーロッパ各地では多くの絵入り風刺雑誌が刊行されている。1882年創刊の「ル・シャ・ノワール」(黒猫)誌、1894年創刊の「リール」(笑い)誌、1896年創刊のドイツの「ジンプリツィシムス」誌などをその代表として、鋭い政治・社会風刺をその特徴どするこれらの雑誌は、一般市民の視点から見た政治・社会の姿を伝える得難い同時代資料である。
 1901年創刊のこの「ラシエット・オ・ブール」誌においても、毎号、世界各地で繰り広げられる戦争の惨状や、そのかげで私腹を肥やす政府高官や小役人、威張りちらす軍人、聖職者たちの偽善、ブルジョワ階級の人々の欲望などがグロテスクに描かれているほか、明日のパンにも事欠く労働者や一般民衆の悲惨なありさまや、戦争や収奪の犠牲になった民衆の苦しみが、さまざまな画家の仮借ない筆で描き出されている。
 ヨーロッパはこのあと、もっと悲惨で大がかりな戦争を二度までも経験することになるのだが、局地戦争の悲惨さは、現在でもボスニア・ヘルツェゴビナなどで繰り返されている通りである。
 いつの時代、どこの国でもそうであるが、風刺というものは必然的に猥雑さを含む。政治家や聖職者の表向きの仮面を剥がし、あからさまな欲望を持つ下種な人間としてデフォルメし、その姿をグロテスクに描き出すことは、民衆の偽らざる娯楽であり本音だからである。おなじ事件でも政府の公的記録に残されたものと、こうした民間資料に描かれた姿とは大きく異なっている。
 類似したメディアとしては、明治時代初頭のわが国の≪錦絵新聞≫や、昨今の写真週刊誌などが思い浮かぶが、いずれも当時の社会風俗や雰囲気をつたえる貴重な資料といえるであろう。
 本誌にはこのほか、フランス人のイギリス嫌いがしばしばとりあげられ、強調されているのも大きな特徴である。当時の英仏関係は、膨張するドイツ帝国に対抗する盟友の関係にあったにもかかわらず、たとえば、ファショダ事件の英雄キッチナー元帥などは悪の権化のごとくに描かれ、泉下のヴィクトリア女王や後継国王エドワード七世も悪意にみちた戯画化の対象となっている。もっとも、ドイツのカイゼル・ヴィルヘルムやフランスの軍人、政治家たちも、おなじ穴のムジナとして槍玉にあげられてはいるのだが。
 この種の雑誌は刊行された当時はよく読まれても、概して読み棄てられ、散逸しやすい傾向がある。しかしこの「バター皿」誌はヴァン・ドンゲン、クプカ、ジャック・ヴィョン、ジュール・シェレ、アルフレート・クービン、スタンランほか、のちの一流画家を多数起用じており、多色刷の石版印刷という点でも美術史的にも注目される。
 たとえばジャック・ヴィョン(Jacques Villon,1875−1963)は彫刻家デュシャン・ヴィヨン、画家マルセル・デュシャンのいわゆる≪デュシャン三兄弟≫の長兄で、キュビズム運動に加わる前には、「ル・シャ・ノワール」などの雑誌に風刺画を描き、生活の糧としていた。この「バター皿」誌へも何度かにわたって寄稿している。
 チェコスロバキアに生まれ、後に≪オルフィズム≫という抽象芸術運動を興したフランソワ・クプカ(Francois Kupka,1871−1951)もここでは具象画を描いているし、特異な幻想画家として後に知られるクービンも、また華麗な女性像のポスターでミュシャと並びベル・エポックの寵児となったシェレも、デッサンを寄せている。このように本誌は、当時もっともコスモポリットな都市であったパリの若い画家たちの活躍の場でもあったのである。
 本誌はl冊16頁で、2年分ずつ、恐らく版元で作成したと思われるクロス表紙により合冊製本されている。紙質はきわめて悪く、酸性化しており、Brittleの直前まで劣化している。今後の保存対策も必要である。
 中央図書館雑誌課特別資料。閲覧は3階雑誌カウンターまで。
絵

《フリルト》(恋の手管)特集。
1903.3.21 ディナ画。ベルエポック時代の風俗が偲ばれる。


絵

英国王、インド皇帝エドワード7世。戦争により肥え太った大酒樽として描かれている。(1901.9.28 トランスヴェール戦争特集。ヴェール画)


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Archived Web,January 17, 2000