No.32(1991.10.25)p 10

本のあれこれ

明治期資料マイクロ化事業室       




デュエットトリオ唱歌集        楠美恩三郎編
共益商社楽器店発行



明治39年版「検定前集」

明治40年版「検定済」


    1冊は図書館に、もう1冊は演劇博物館に所蔵している学生のための合唱曲集である。

    明治39年刊のものは“検定前集”と朱書きしてあり同書名のもう1冊は“明治40年4月 文部省検定済”と表題紙に印刷してある。

    検定前集の方は所々に朱点や傍線が引いてある。検定官が書き入れたものであろう。そのうちの一つ旗野十一郎作歌“谷間の百合姫”の箇所に朱で(原歌意を訳する者)と書いてある。原歌にはもともと歌詞がついていて、それを翻訳したものだと言う<注>であろう。この唱歌集には楽譜もついている。楽譜の目次をみるとLily in valley,Mozart と記してある。ところが検定済の本で見ると“谷間の百合姫”が“花曇(辨ノ内侍)”と変わり Song of Shonanko, Mozart となっている。<うつせみの世に秘め、白露にむせぶ…>と歌われた歌詞が<怪の物音はなにぞ…    耳敏き、正行、取りしばる、太刀の、をみなの、哭声>と、まったく違う雰囲気の歌詞にかわっている。曲自体は♯調から♯♯♯調に転調してある。

    今見れば何の問題も無く思える歌詞も、明治39年日露戦争終了時期の感覚には、全体の雰囲気が、時代に合わず、“宜しくないもの”と思われたのであろうか。小楠公(楠正行)の歌に変えることによって、当時の検閲官の意に適ったものとなり合格した。しかし作曲者 Mozart にとっては何とも解せない変更であったと思われる。検閲や検定とはどんなことなのか、その一端がうかがえる1冊である。




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