No.27(1990.12.15)p 9-13

早稲田プロジェクトと国会プロジェクト



山本信男(明治期マイクロ化事業室担当調査役)


    わが国のみならず外国の人達の多くが、現在明治期資料を対象としたマイクロ化のプロジェクトがほとんど同時並行して行われていることに、疑問ととまどいを感じておられることと思う。すなわち早稲田プロジェクトと国会プロジェクトの2つがそれである。

    今回は、これらの疑問に答えるために、両プロジェクトを比較し、いくつかの違いを指摘してみたい。それが、このような大規模なプロジェクトに携わる者の責任の1つと考えるからであり、またこの種のプロジェクトの将来の発展にとって少なからざる影響をもつと考えるからである。


T発端の違いについて

    1988年にスタートした早稲田プロジェクトは、マイクロ化を始めて3年目を迎えている。現在までに約3500冊9500枚のマイクロフィッシュを作成した。一方、国会プロジェクトは早稲田プロジェクトより1年遅れてスタートし、今年中に16万冊の大半をマイクロフィルムに取り終えるといわれている。

    1987年10月に作成し全国の主な図書館へ送付した「明治期資料マイクロ化事業計画趣意書」には、事業発足当時の気持が込められており、現在もその気持は少しも変わっていない。この趣意書の中で強調している通り、この種のプロジェクトは、1つや2つの図書館だけで出来るものではなく、日本全国のあらゆる図書館が協力し合わなければならない性質のものである。

    そういう意味から、趣意書を作成し全国の関係機関へ送付する前に、当時の図書館長奥島先生と私が、趣意書を持って国会図書館を訪ねた。それは、1987年の10月末であったように思う。国立国会図書館の当時の副館長と総務部長にお会いし、この事業の趣旨を説明し協力をお願いした。国立国会図書館でも、この事業の趣旨に賛意を表し協力を約束していただいた。その際、この趣意書の発送人として、国立国会図書館の名前を早稲田大学と併記させていただきたい旨をお願いした。何といっても日本の中央図書館であり日本を代表する図書館であるから、全国的な協力を必要とするこの種の事業の遂行には欠かせない存在であると考えたからである。しかし、検討を約してもらうことはできなかった。組織が大きくなると決定にはいくつもの手続きを必要とするし、時間がかかることからすれば、われわれのお願いは唐突にすぎたことは確かである。しかし、今から考えると、当時国立国会図書館側にもすでに何らかの計画があったのかもしれない。いずれにしても、予定通り趣意書を全国へ発送し、1987年の年末にかけて東北、関西地区へ、この事業への協力依頼のために出向いた。そして、翌1988年の4月から本格的に作業を開始し現在に至っている。

    次に国会プロジェクトの経緯について、簡単に触れてみたい。このプロジェクトは、国立国会図書館が発想し主導したものとは考えられず、実際には、作業を統括している丸善のプロジェクトと思われる。そこで丸善の動きを中心に、このプロジェクトの発端および経緯について述べてみたい。


    1986年の初め頃だったように思うが、この事業の協力・援助を雄松堂と丸前に打診した。マイクロ化の仕事をしてゆくためには当然お金がかかるし、資料公開のPR等、この方面の経験がない大学図書館ができないことをお願いしたかったからである。その後数カ月経って丸善から断りの返事があった。その理由は、マイクロ化関係では、丸善は未だ経験が浅く、従って完遂する自身も能力もないからということであった。そのため他の1社に協力をお願いして現在作業を進めている。しかし、その当時は早稲田の以来を断ってきた丸善が、まさか国会プロジェクトを推進することになろうとは夢にも思わなかった。1986年の9月末に、STCシリーズの中核として活動している英国図書館を訪問する機会が与えられた。世界のマイクロ化事業(STCシリーズ)に遅まきながら参画しようと決意した日本人に、現場を見せてこの事業の意義の重要さを理解させようとしたのであろう。日本に比べて決して金持ちとはいえないイギリスが、費用の半分を負担しホテルその他のアレンジメントをすべてやってくれたのである。その意気込みのほどが知れようというものである。この時の話は、別の機会に譲るとして、9月末から10月初めにかけてフランクフルトで行なわれていたブックフェアを見学した。丸善からは、社長をはじめ幹部クラスの人達が来ていた。丸善の人達とホテルが同じだったこともあり、何度か食事等で御一緒した。その時の話題の中心は、早稲田が始めようとしている明治期資料のマイクロ化事業のことであった。

    私が、何故明治期の資料をとりあげてマイクロ化しようとしているのかを熱っぽく話したのを覚えている。同時に、創立120周年を迎えようとしている丸善の記念事業としては最も相応しいものであろうとも話した。

    フランクフルトから帰って間もなく、日本橋に呼ばれた。フランクフルトでお会いした人達を含めて、かなり大勢の人がいたように思う。そこで再びこの事業の計画等についてかなり詳しく説明した。その後、丸善ではマイクロ化事業を考えるためのプロジェクトチームを結成した。しかし、後で分ったことであるが、このチームは、早稲田プロジェクトを支援するためのものではなく、この時すでに国立国会図書館のことを考えていたらしいのである。

    翌1987年の7月頃、丸善の取締役の一人とチームのメンバーが早稲田を訪ね、図書館長と私に対して、国立国会図書館所蔵明治期刊行物のマイクロ化を始めると正式に伝えてきた。その時の話によると、かなり前から国立国会図書館に働きかけていたらしい。この話は、丸善の社長があるパーティで国立国会図書館長と同席し、その時に「同館編集の明治期刊行物図書目録(全6巻)に収録されているものをすべてマイクロ化したい、費用のすべては丸善が寄付する」と申し入れたことに始まるという。この話は、国立国会図書館側からもその後聞いている。いずれにしても、早稲田の申し入れを断った時点から準備を始め、必要と思われる情報を収集し、事業の可能性を探っていたと思われる。

    以上、まだまだ言い足りない点があるが、このような経過を経て国会プロジェクトは、1989年11月にスタートした。その間、国立国会図書館の職員組合、あるいは、BPの会(Book Preservationの会)等から丸善との事業に対する種々の疑問点が出されていたが、完全に解明されることなくスタートに踏み切ったようである。私も、彼等と何度か話し合ってよりよい方向を探ってみたが、相手が余りにも大きく、正論だけでは無理であったと反省している。
このように長々と書いてきたのは、何も丸善の行動を責めたかったからではない。上場企業の1つとして、利潤追求に役立ち、しかも宣伝効果が充分あると思えば、その話を企業化するのは当然であろう。その点では丸善の行動は充分理解できる。しかし、この事業は本質的に商売の話ではなく、もっと次元の違うレベルの話である。その点を何度にもわたって話をしてきたのに、結局分ってもらえなかったくやしさが、この文章の下敷きとなっている。日本人の1人として本当にくやしいし悲しくさえなる。しょせん日本人はレベルの高い仕事はできず、金もうけだけしかできないのであろうか。


U目的の違いについて

    早稲田プロジェクトの目的は、本事業の趣意書にも書いてある通り、

1 明治期資料を酸性紙等の劣化原因による消滅から守り、これらの内容を保存して後世に伝えること。
2 現在不明である明治期資料の全貌を明らかにし、印刷文化の面での明治時代の全体像を解明すること。これによって、明治研究の活性化に役立てること。

    以上の2つが主なものであるが、その他の詳細については、本事業の趣意書および「図書館雑誌」第82巻9号
(1988年9月)の記事を参照していただきたい。

    これに対して、国会プロジェクトの目的は、国立国会図書館が所蔵している明治期資料を保存するためである。オリジナル資料を保護し、利用はマイクロ資料で行うための手段として、このプロジェクトを始めている。従って、完全本だけをマイクロ化して残し行くというのではなく、落丁や乱丁など少々不完全でもマイクロ化している。目的が早稲田プロジェクトと全く違う訳である。


V内容の違いについて

    1  所蔵資料だけを残すのか、明治全体を残すのか

    これは、両プロジェクトの目的の違いでもあるが、目的の違いによって結果は大きく変わってくる。国会プロジェクトは国立国会図書館に所蔵されている資料だけを対象としており、従ってこのプロジェクトの中身は同館所蔵資料だけである。これに対して、早稲田プロジェクトは、早稲田大学所蔵の資料を中心としてまずマイクロ化してゆくが、編集の過程で不完全なためにマイクロ化ができないものについては、他大学図書館などから借用して作成している。早稲田プロジェクトの中身は、1冊残らず完全本であり不完全なものは1冊も含まれていない。また、早稲田大学が所蔵しているものだけでは、明治期全体のほんの一部分にしか過ぎず、全体をカバーすることは勿論できない。そこで早稲田にないものについては、他機関から借用するか出張して撮影している。すなわち中身をどんどんふくらませてゆくことを基本としており、最終的には明治期全体をカバーしようと考えている。そのためには、他機関の協力が不可欠であり、早稲田プロジェクトの成否はこの点にかかっれいるともいえる。最終的に出来上がるものの中身は、そういう意味で全く異なったものになる。

    2  明治期資料の数の考え方

    国会プロジェクトは、「国立国会図書館所蔵明治期刊行図書目録全6巻」を底本としこれだけに限定している。収録総数は、12万部16万冊と公表しているが、実数は10万冊を少し超える程度である。この目録の序文によれば、明治期刊行物の約7割をカバーしているという。丸善の宣伝にもこの数字が使われている。

    しかし、このカバー率が何を根拠に算出されたのか不明である。明治期全体でどれだけの数の資料が出版されたのか、明治期刊行物の総数が分らなければ、カバー率は算出できない筈である。現在のところでは明治期刊行物の総数は分っていない。算出の根拠となる数少ないデータの1つが「出版年鑑 昭和11年版」である。同書に、明治14年から明治45年の間に当時の内務省に検閲のために納本された出版物総数の年別統計が掲載されている。単純に計算すると70万冊近い。この統計には、おそらく色々なケースのものが含まれており、この数はそれらを差引いて考えなければならないであろう。しかし、それらを差引いても少なくとも50万冊近い数になると考えられる。さらに、この統計には、明治元年から明治13年の間に刊行された出版物の数は含まれていない。また、これらの数字は、当時の内務省に検閲のために納本されたものだけであり、当時わが国全体で出版されたすべての刊行物を含んだ数字とは考えられない。これらの要素を考え合わせると明治期刊行物の総数は50〜70万冊と考えるべきであろう。このように考えてくると、国立国会図書館所蔵の明治期刊行物のカバー率は、全体の約2割程度のものであろう。前期目録の序文に書かれている7割という数字は、根拠のない数字というべきであろう。

    早稲田プロジェクトは、初めから明治期刊行物の総数は不明であることを前提としており、そのために、日本全国あるいは外国に散在している明治期刊行物を1冊1冊探し出してマイクロ化し、それらをまとめてゆくことによって明治期刊行物の全体像を明らかにしようとしている。明治期刊行物の総数を明らかにすることが早稲田プロジェクトの主な目的の1つなのである。

    国会プロジェクトは、同館所蔵資料の運用手段の1つとして考えられたものであり、明治期全体への広がりを考えたプロジェクトではない。その意味でも、丸善は誤解を定着させるお
それがある7割という数字を宣伝に使うべきではない。

    3  完全本だけを残すのか、不完全本をも含むのか

    早稲田プロジェクトは、その目的が「明治全体を残す」ことである。そのためには、明治時代に作られた図書をそのままの形で再現する必要がある。タイトルページや奥付は勿論のこと、落丁があったり広告ページが欠けていたら、それは不完全なものとしてマイクロ化の対象としない。他の図書館等を調査して完全なものを探し入手し撮影している。すなわち、早稲田プロジェクトは、その目的自体が完全本だけを対象としており、それらを通して明治という時代を再現し永久に残して行こうとしている企画である。

   国会プロジェクトは、早稲田プロジェクトとは基本的に性格の異なったものであり、所蔵資料の保持および利用を目的としたものである。したがって、完全本であるかどうかは大して重要ではなくとにかく所蔵明治期資料はすべてマイクロ化しておこうという単純な企画である。その結果、出来上がるもののなかには、利用に堪えないものも当然含まれてくるだろう。国立国会図書館所蔵の明治期資料の一部を実際に現物調査してみてその感を深くする。

    4 仕用の違いについて

    早稲田プロジェクトは、直接98モードのマイクロフィッシュに撮影する方式をとっている。勿論ISO(国際標準機構)の定める普通の国際規格品である。マイクロフィッシュにしたのは、日本全国および国際的な広がりを目指し、明治期資料の集大成を目的とするこのプロジェクトに最も相応しいと考えたからである。また、資料公開を目的とするこの企画にとって、資料の利用に最も簡便な方法と考えたからである。

    国際プロジェクトは16ミリのマイクロフィルムに撮影している。フィルムに撮影する方法は、特定の塊、例えば1つの図書館の蔵書だけをマイクロ化するには適当であろう。しかし、それを基として中身を充実し発展させてゆくためには不適切な方法である。国会プロジェクトは、その意味でも自館のためだけに限った閉鎖的なプロジェクトであり、全体の一部になろうという意思が感じられないものである。また、利用を考えた場合、フィルムは不必要なものが多く含まれており、検索等に不便である。利用者にとっては、不必要なものを入手しなければ、見たいものを見られないという不合理さを、フィルムは本質的に持っている。ただ、利用を考えた編集が充分なされていれば別であるが。また、国会プロジェクトは16ミリのフィルムを使っていることにも問題があろう。現在、国際的に見れば35ミリフィルムが常識となっている。ESTCやアメリカの全国マイクロ計画などもすべて35ミリフィルムである。JIS規格に合致しているとはいえ、UAP(Universal Availability of Publications)をはじめとする国際協力を必要とする今後の図書館活動を考えれば国立国会図書館の選択は明らかに間違っているといえるであろう。もう少し将来へのつながりや周囲との関連を考えて決めるべきものであろう。


W 主体性の度合いの違いについて

    早稲田プロジェクトが行っているマイクロ化の作業手順は、「ふみくら 明治期資料マイクロ化事業室特集号(1)〜(2)」に詳しく述べてあるのでここで繰り返す必要はないであろう。ここでは、作業を進める上での基本であり、仕事の結果に大きく影響すると思われる「図書館の主体性」について触れてみたい。

    早稲田プロジェクトは、大学としての事業計画を持ち、それに基づいて1つの組織としての明治期資料マイクロ化事業室を設けている。スタッフとして図書館から専任2名が配属され、それにアルバイトとして4名が作業を補助している。さらに、事業室の運営を監督するための機関として、明治期資料マイクロ化事業委員会が作られており、全学から委員が選ばれてこの委員会を構成している。すなわち、大学が主体となって取り組んでいるプロジェクトである。

    これに対して、国会プロジェクトは、丸善と富士フィルムが主体となって進めているものであり、国立国会図書館の主体性は全く感じられず、その影すら見えなくなっている。この事業のスタートを一般に公表するときのパンフレットや「学燈」その他の事業PRのための文章を見ても、国立国会図書館の本事業への関わりを示す言葉すら見当たらない。すべて丸善と富士フィルムは主導しているプロジェクトであり、これでは売るための商品を作るプロジェクトとしかいえないであろう。そこには、「明治を残す」という気概も「資料保存のため」という責任も全く感じられない。すなわり、国会プロジェクトは国立国会図書館が主体となって発想し実行しているとはいえないものである。

    資料をマイクロ化するためには、何をマイクロ化するかの決定が最も重要で難しい作業である。資料としての形が整っているのか(標題紙、奥付、落丁、乱丁、広告ページ等の調査)、版が違うのかどうか、違う場合に何処がどう違うのか、違うものをどう扱うべきか等、この種の作業の基本に関わる問題が日常的に発生する。これらの問題の処理に、日々図書館が主体的に関わってゆくのと、いわば素人のアルバイト的な人達に任せているのとでは、出来上がる製品の完成度に大きな違いが出てくるのは当然であろう。


X将来展望の存否

    早稲田プロジェクトは、その目的にも掲げてあるように、日本全国および外国に散在する明治期資料をも視野に入たプロジェクトである。前にも述べたように、印刷文化の面で明治時代をそっくり残したいという目的で始めた事業である。すなわち、早稲田大学所蔵の明治期刊行物を基礎にしてこれを拡大・発展させ、終局的に明治期刊行物のすべてを可能な限り収録したいと考えている。拡大・発展させる方法は、他大学図書館等の明治期資料を調査し早稲田にないものを探し出して収録する。従って、所蔵図書館の了解・協力がこの事業の遂行には不可欠である。幸い現在まで慶応大学をはじめとする関東地区の主要大学のいくつかと国立国会図書館の協力をえて作業を進めている。また、今年は関西地区への展開を考えて天理図書館や関西大学図書館と話し合い協力していただけることになっている。さらに、戦前戦後に明治期資料を大量に収集したアメリカの大学図書館との話が進んでおり、近い将来早稲田プロジェクトがアメリカへ展開するであろう。

    国会プロジェクトは、先に述べたように、自館所蔵資料の保存と利用のためにマイクロ化するだけであり、将来への発展を持ったプロジェクトではない。

   早稲田プロジェクトは、現在国立国会図書館との話し合いの下に該当資料を借用してマイクロ化している。これは大変ありがたいことであるが、現在のペースで作業を進めてゆく場合には、相当な期間が必要となろう。そのうちに国会プロジェクトが完成し早稲田が必要とする資料もマイクロフィルムに収められてしまうであろう。たとえ明治期資料の何割かしか持っていないとはいえ、重要資料の多くを国立国会図書館は所蔵している。これらの資料を他の機関から充当することは可能であろうが、それには大変な労力と時間がかかるであろう。これは、全く私個人の考えであるが、国会プロジェクトに収録された資料のなかで、早稲田プロジェクトが必要とするものについては、フィルムからフィッシュに転換することを考えてはどうかと思っている。早稲田プロジェクトの品質の保持、および、フィルムからの完全本の抽出作業など、問題点は多いとは思うが、現在行われている2つのプロジェクトを将来発展的に生かして行くには必要な方法ではなかろうか。この狭い日本で、この種のプロジェクトが2つ同時進行していること自体、そもそもおかしいのである。


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