ふみくら:早稲田大学図書館報No.17(1989.5.25) p.21

新収資料紹介 17

今年度購入の古書より

和漢書係

 和漢書係では今年度より、新刊書のみにとどまらず古書の蒐集にも力を入れております。
 古書といっても、江戸時代以前のものは特別資料係の範疇ですので、ここで取り扱うものは明治・大正・昭和の古書、つまり「古本」です。もちろん、今まででも古本を全く取り扱わなかったわけではありません。各方面からご寄贈いただく本の多くは古本ですし、また、稲門ライブラリーや地方史関係の文献など、古書店の目録を見て購入するものもあります。しかし今年度からは、そうしたものにとどまらず、分野を限らずに本館の蔵書構成を視野に入れながら、本来本館に備わっているべき名著、重要と思われる資料や、あればなにかの研究に役立つにちがいない珍しい本などを博捜して、本館の蔵書を充実してゆきたいという考えのもとに始めたものです。
 具体的には、古書目録でさがすだけでなく、古書店や古本市の会場に係員が出かけて行って、現物を手にとって選ぶということをしています。これはとくに係員にとっての研修という意床も兼ねているわけです。
 まだ始めたばかりですので成果は少ないのですが、今年度古書市で購入した本の中からいくつかランダムに紹介したいと思います。


 『紙すき村黒谷』 中村元編 京都 黒谷和紙紺合 昭和45.9
 和装帙入 袋綴128p 見本101p 30cm <請求記号 ムll−3589>

 黒谷和紙組合から出された和紙の見本帖。限定250部(222番)、非売品。
 丹波国何鹿郡黒谷村、現在の京都府綾部市黒谷町は、黒谷川の清流を抱く山あいの小村で、古来より和紙の産地として有名なところである。たとえば昭和35年の桂離宮修理の際には、襖紙に使用された和紙の大半が、黒谷で抄かれた。本書は黒谷における紙つくりの簡単な歴史と抄紙産業の変遷についてまず述べ、つぎに手すき和紙づくりの技術と工程について、素朴な味わいの木版画を多用して、わかりやすく語られている。
 戦後の手漉和紙は、機械抄紙に押されてすっかり斜陽産業と化し、黒谷でも昭和30年代にはサンドペーパー(紙やすり)の台紙しか作るものがなかったほどであった。編著者の中村元氏はその当時、黒谷和紙組合長として経営の立てなおしをはかり、伝統を守って高級手漉和紙の抄紙を志して、今日のような黒谷和紙の繁栄を招いた功労者であり、寿岳文章の『和紙の旅』にも登場している。
 全体の約半分を占める見本帖の部分には、原材料の堵(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の木の皮(黒皮、白皮)の実物から、黒谷で抄かれた生抄(きずき)紙、晒(さらし)紙、草木染、型染、しぼり染の紙に至るまで、101例の美しい見本和紙が同綴してある。
 和紙について書かれた本は数多いが、本書は、一つの産地について実態に即しながら、わかりやすく、また詳細かつ実際的にまとめられた好著であり、紙すき村を実際に訪ねているような気持にさせる本である。


表紙
表紙  『日本の眼鏡』 長岡博男著 東京 東峰書房 昭和42.10
 革装 136p 図 27p   <請求記号 ム2−5886>

 眼鏡の歴史に関する珍しい本。限定80部刊行の特装本(本書は58番)。なお普及版もある。
 眼科医で古眼鏡の蒐集家である長岡博男博士の著になるもので、昭和42年、AJOC(オールジャパン・メガネチェーン)の企画により出版されたもの。渋沢秀雄が序文を寄せている。
 わが国に眼鏡が渡来したのは天文年間(1532〜55)、フランシスコ・ザビエルが他の物とともに周防の大名大内義隆へ献上したというのが文献上での嚆矢とされるが、確かなことはわかっていない。たとえば京都紫野の大仙院には、室町幕府8代将軍足利義政所用と伝えられる古眼鏡が伝存しているからである。
 古眼鏡の遺品として確実なのは、静岡県の久能山東照宮に伝わる徳川家康旧蔵の眼鏡である。これは鼈甲ぶちの丸玉の鼻眼鏡で、阿蘭陀眼鏡ともいわれているものだが、伝来ははっきりしない。
 眼鏡作りの技術が伝わったのは家康の死後で、その後江戸時代を通じ、眼鏡は庶民生活にも入りこみ使用された。本書はそうした占い眼鏡にまつわるさまざまなエピソードを集めたもので、風俗史研究土、きわめて貴重なものである。ことに、巻頭の「日本の眼鏡グラフ」は、珍しい古眼鏡の実物の写真や、江戸時代の絵入り本や引札・番付のたぐいに現われた眼鏡を集め、眼鏡に関する史料集ともなっている。



『總革本の話』 佐々木桔梗著 東京 プレス・ビブリオマーヌ 革装
 1957(昭和32).8 67p 図26p 21cm    <請求記号 イ2−5142>

 わが国で明治以後刊行された総革装幀本の書目。限定145部(本書は89番)。この本自体も総革装で、北米産の白染犢(こうし)革が使われている。
 洋式製本がわが国にもたらされて以来、ヨー口ッパの伝統的な革製本を真似て、わが国でもいくらかの革製本がつくられるようになった。とりわけ、長谷川巳之吉の第一書房のものなどは、美しいものとして知られている。本書のグラビアにものっている『西条八十詩集』は、わが「稲門ライブラリー」に、このほど加えられたが、赤い染革に金箔、三方金が施され、持ち重りのする、まことに美しい書物である。
 むろん、わが国の製本は一点制作でなく版元製本であって、フランスやイタリアの製本には及ばない。技術的には簡易製本に属するケルムスコット・プレスの造本が、わが国ではなぜか最上至高のものとして受け取られていたりすることもあり、一般的にはまだなかなかわが国に装幀製本を重んじる空気が醸成されていないのはやむを得ないことである。また、少雨荘斎藤昌三に代表される「愛書趣味」の伝統も、ともすれば偏奇なものと受け取られがちであり、また現実にも偏奇であったりする。
 ともあれ本書は、30年前の時点ながら、日本近代の書物装幀史上逸することのできない総革製本を列挙したものとして、興味深い資料といえよう。
 なお、最近わが国でもようやく一点制作の総革装本が作られつつあるが、その一つの標本として、本館では2年前に、寿岳文章著『書物』(タングラム刊、貴田庄製本、 イ−4983 準特)を購入している。あわせて参照されたい。
(文責 松下真也)


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Archived Web,December 21, 1999