ふみくら:早稲田大学図書館報No.14(1988.6.25) p.12-13

新収資料紹介 13

向井去来書簡〔松尾芭蕉〕宛 〔元禄七年〕五月十四日 一巻

<請求記号 へ5−6351>
特別資料室

 蕉門十哲の一人、向井去来(慶安4−宝永元)は、俳人としての力量・人格ともに門中随一の人物として、芭蕉が最も信頼を寄せた門弟であった。京・嵯峨に落柿舎を営み、終生師説を守って蕉風の真髄を体得、高雅清寂の作風をもってきこえた。
 去来の書簡は、現在22通確認されており、新収の本書簡もすでに公表されたものの1通である。
 本書簡には宛名は見えないが、書中後半に「御発句」として、「腫物に」等の芭蕉の句が挙げられている事等から、元禄7年の5月に師の芭蕉に宛てたものであることがわかる。同年10月の芭蕉の死に先立つこと5カ月のことであった。
 内容は、去来が「浪化集」(元禄八年刊『有磯海・となみ山』)を後見するに際し、その入集句が、江戸の芭蕉の方で計画進行中の「其元ノ集」(『炭俵』『続猿蓑』)と重複しないよう問合わせたものである。しかし、芭蕉は5月11日に江戸を発ち、最後の上京の途に着いているので、この書簡とは行き違いになってしまい、その後、芭蕉の許に回送されたかは明らかでない。また、「其元ノ集に入候句」に印をつけてほしいという去来の頼みに応じたような○印も、誰の手によるものか現在詳らかでない。ただ、○印の付された6句のうち5句までが『続猿蓑』に入集しており、芭蕉が同年9月頃伊賀で同集の整理をした折、自ら付したとも考えられる。
 本書簡には、土芳、丈草、支考、史邦といった門友の他、可南、魯町、牡年、田上尼、卯七など去来の縁者、あるいは指導下にあった人々の名と句が多数挙げられており、上方における去来の、蕉門の重鎮としての立場を窺うことができる。また、「煤掃ハ」や「花守や」など、芭蕉及び去来の句で従来年代が明らかでなかった句が、この書簡によって元禄六年の作と推定されるなど、きわめて重要な材料を提供している。
 最晩年の芭蕉・去来の交流、そして当時の撰集編纂の内情をつぶさに伝える本書簡、116行172cmに及ぶ長巻であるが、以下その全文を紹介する。            翻字

     			去年申上候発句ども、

		鶯に橘見する羽ぶき哉                               土芳

		荒壁や裏もかへさぬ軒の梅                           素牛

		    此ハ自集ニ出申候。

		饂飩打跡や板戸の瀧月                               丈艸

		     此ハ露川が集ニ出候。

		鳥の音もたえず家陰の赤椿                           支考

     		此句、他ノ集ニ出候。併、句作ぬるく候間、

     		仕直し候而、此度の集ニ出し可申候と奉存候。

		竜壷に命うち込小鮎かな                             為有

		爪切シ若菜の汁のうすミどり

		登帆の明石はなれぬ塩干哉                           去来

		花守や白キかしらをつき合セ                         同

    		此句、心桂と申者の集に出し候句ヲあやまりて出し候。

    		先頃いセの文代と申者まいり候而、発句を望候故、

    		最早出たる句ニ候故、此句を入直し候へと、申遣し候。

		茨原咲添ふ物も鬼あざみ                             荒雀

		山藤の気まゝを見たるしだれ哉                       卯七

		山の手を力がほ也春の月                             魯町

		○燕や畑をりかへす馬の跡                           野童

		照りつゞく日や陽炎や柴うつり                       史邦

		○時鳥なくや雲雀と十文字                           去来

       		  此ハ車庸が集ノ歌仙ニ出。

		○京入や鳥羽の田植のかへる中                       卯七

  		  花げしや南の町の衣配り                           可南 

  		  はねつるべ蛇の行衛やかきつバた                   丈艸

  		  蕣の二葉にうくるあつさ哉                         去来

  		  石ぶしや裏門あけて夕涼ミ                         牡年



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