ふみくら:早稲田大学図書館報No.12(1987.10.26) p.20-21

新収資料紹介 11

『昭和前期日本商工地図集成』

ル11−1350(l)〜(2)

 最近、地図の複製出版が多くなっている。とりわけ東京とか大阪の都市部については、明治以降、昭和戦前ぐらいまでに刊行された地図の復刻が目立っている。なかには昭和礼文社(板橋区)や古地図史料出版(東久留米市)のように、それのみを主業務とする出版社も出現している。
 ここで紹介する『昭和前期日本商工地図集成』もそうしたものの中の一つであり、これを編集刊行した柏書房は、地図出版の老舗として現在も各種の地図出版をつづけている人文社の分れである。本書の前にても、『明治・大正日本都市地図集成』(1986年刊)、<本館の請求番号 ル11−1347>を出しており、日本の主要都市74市の古地図を複製紹介している。本書はこれにつづくものであって、その元版書名は『大日本職業別明細図』(別名『大日本職業別住所入索引付信用案内明細地図』)といい、木谷佐一によって大正6年(1917)から昭和12年(1937)にてわたって刊行されたシリーズの一部である。
 元版の編者である木谷佐一は、地図学者でも専門家でもなく、国鉄を退職した全くの民間人と聞いている。どの機関にも属さず、独自の事業として、この地図集の作製・刊行に生涯をがけた人らしい。元版の方は全国の主要都市から当時の植民地であった台湾・韓国におよぶ大シリーズであり、その中から、今回、首都圏の分と、近畿地方のみを各1冊ずつに再編集して刊行したものである。原図は3〜4色刷で印刷されたものというが、本書では出版の関係で1色刷になっている。
 次に本書2冊のうち、首都圏分の1冊について、その構成と内容とを紹介しておくと、戦前の東京市35区について、ほぼ各区ごとに1枚があてられており、縮尺は明記されていないが、おそらく5000分の1前後と推走される。表面は道路を中心とした街区図であり、それに地番や公共機関や寺社名および商工業者名が書き込まれ、一部には個人住宅名まで書かれたものもみられる。例えば本大学の所在地であった淀橋区の図の場合、昭和9年(1934)時の現況として、今はなくなってしまった商店のいくつがが描がれている。しかしその当時のものとして確認できる現在の所は、馬場下あたりの神社や寺院のみであって、ほかはグランド坂上の松の湯などの名がみえているにすぎない。大隈横町や西口商店街も、道路は描かれてばいるが、さすがに商店名までは書かれていない。地図の周囲の余白には、区内所在の比較的大きな企業の建物が写真入りで紹介されており、例えば、淀橋区の場合、穴八幡神社などのほか淀橋市場など15枚の写真が掲載されている。
 裏面の方のは、区内の職業別の商店名が索引化されて一覧表となっており、商店名から調べることもできるようになっている。推定するにこの原図の作製者は、丁度、現在でも広告会社などが小地域の商店街図を作っているょうに,実地に即して足で歩いて書いたものであろう。その点、官製の地図と異なって幼稚な一面ものぞかせているが、逆にその手造りの趣が官製のものでは読むことのできない時代相を表現しているように思われる。
 東京市内のものについては、かなり丁寧な調査の結果と思えるが、市外地分については、最寄駅周辺地だけの部分図のみであるり、しかも1枚の中に10〜20町村分が押し込められており、非常に限定されたものでしかない。同じように、東京以外の神奈川、千葉、埼玉県の図についても、横浜市、横須賀市、川崎市、川越市がやや詳しく紹介されているだけであって、その他の市町村については、東京の市外並みの扱いであって、その利用範囲は限定される。
 それはともかくとして、本館ではこの種の民間発行の地図をこれまでにほとんど収集しておらず、もちろん本書収録の元図についても皆無という状態であった。最近、地図や絵図から歴史を読むといった手法が盛んであり、それなりの成果を得ているように思われる。本館でも遅ればせながら、こういった地図のも目を向け、今後積極的に収集していきたいと考えている。


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Archived Web,December 13, 1999