No.8(1986.5.1) p.16
館蔵特殊コレクション摘報2(2)
大 隈 文 書
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- 分 類 イ14
- 収蔵数 12000余点(A官庁関係文書5100余部 B和文書翰 5500余通 C欧文書翰・報告等 1000余通)
- 目録等
印刷目録:大隈文書目録 補遺共(早稲田大学図書館和漢図書分類目録特刊1・追冊)昭和27、50年刊
その他:なし
- 収蔵(設置)年とその経緯
昭和27年10月
学園創立者の大隈重信侯の没後、大正11年と昭和24年の2回にわたって大隈家より本学に寄贈されたもの。印刷された図書の大半は一般図書として扱い、「大隈文書」として整理したものは、大隈侯在官中の官庁関係文書、諸家から侯にあてた和文および欧文の書翰類である。
本文書整理のため昭和25年に大隈研究室が設置され、その終了後は引続き社会科学研究所にて備えつけられていたが、昭和39年4月、図書館に返却された。
その利川は、資料保全のためゼロックス・コピーフローをこれにあて、なお一般には雄松堂書店作製のマイクロフィルムが供されている。
参照 早稲田学報 復3巻8号 昭24.9
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- 収書の特徴
大隈重信が明治政府中枢にあって自ら管掌あるいは参画した各官庁関係文書および各界の人物からよせられた書翰類で、大隈重信の人物・事蹟はもちろん近代日本史を研究する土での基本資料である。
- 収集者
大隈重信:佐賀生。天保9年(1838)2月16日生、大正11年(1922)1月10日没。政治家。早稲田大学創設者。侯爵。初名八太郎。鍋島藩士大隈信保長男。明治政府に出仕、財務・外交方面で活躍した。
立憲改進党を組織し自由民権運動を行い、後には板垣退助と共に憲政党を結成、史上初の政党内閣を組閣するなど、明治・大正と常に政治の中心にあって政治家として波欄に富んだ生涯を送った。また東京専門学校(後の早稲田大学)の創立、国書刊行会、大日本文明協会の総裁、会長等教育文化方面にも活躍し、広く大衆に親しまれ、その葬儀は国民葬を以て営まれた。ちなみにその葬儀委員長は早稲田大学初代図書館長市島謙吉(春城)である。